「習慣でひらく扉――不登校の季節を歩く家族へ」2

「行きたくないわけじゃない。でも、体が動かない」

そう話してくれた子の言葉を、いまも忘れられません。

朝、目は覚めている。ランドセルも準備してある。なのに、体だけが布団から出てこない。本人も、ご家族も、「どうして」と思う。けれど、答えはなかなか見つからない。

今回は、その「どうして」を、脳の仕組みからほんの少しだけ覗いてみたいと思います。「行ける・行けない」を意志の問題に押し込めるのをやめて、もう少し楽な場所から、毎日を眺めてみるための回です。

目次

脳は「いつも通り」が大好き

僕たちの脳は、ものすごく賢い臓器ですが、同時に、ものすごく「省エネ」な臓器でもあります。

新しいことを始めるとき、脳は通常の何倍ものエネルギーを使います。逆に、毎日繰り返している行動――歯みがき、通学路、いつも座る椅子――は、ほとんどエネルギーを使わずにできてしまう。これを脳科学では「自動化」と呼びます。

つまり脳は、できるだけ「いつも通り」をなぞって生きていきたい。新しいこと、変化、未知のものは、できれば避けたい。これは弱さではなく、人間という生き物の、生き残りのための合理的な仕組みなのです。

ということは、こうも言えます。

「毎日学校に行く」が、ある時期は「いつも通り」だった子も、何かのきっかけで「学校に行かない」が新しい「いつも通り」になることがある。これは意志の弱さではなく、脳が新しい状況に適応しただけ、なのです。

そして、ここからが大事です。同じ仕組みは、逆方向にも働きます。

新しい行動を、ほんの小さな単位で、毎日くり返していくと、脳はそれを少しずつ「いつも通り」に組み替えていきます。1日では変わらない。1週間でも変わらない。けれど、3週間、3ヶ月、半年と続けていくと、確実に変わる。これが、「習慣」の正体です。

「行ける」も「行けない」も、状態にすぎない

ですから、僕はこの連載でくり返しお伝えしていきたいことが、ひとつあります。

それは、「行ける」も「行けない」も、その人の性格や能力ではなく、いまの状態だ、ということです。

状態は、変わります。今日の状態は、明日の状態ではない。今月の状態は、来月の状態ではない。そして、その状態を少しずつ変えていくのが、毎日の小さな習慣なのです。

「行けない」を責めても、脳の自動化の仕組みは変わりません。むしろ責められれば責められるほど、脳は「学校=つらい記憶」として強く刻み込み、ますます動きにくくなる。これも、脳の自然な反応です。

逆に、「行けない朝」も穏やかに迎え入れて、「行けるかもしれない朝」のために、ほんの小さな1mmを毎日積み重ねていけば、脳は少しずつ、新しい「いつも通り」を準備しはじめます。

「変えやすい」のは、行動の入り口だけ

もうひとつ、脳のおもしろい性質をお伝えします。

新しい習慣を始めるとき、いちばん変えやすいのは、行動の「入り口」だけです。たとえば、「朝5時に起きて1時間勉強する」を、いきなり全部やろうとすると、脳は強く抵抗します。エネルギーがかかりすぎるからです。

でも、「朝5時に起きて、机に座るだけ」なら、ぐっとハードルは下がる。さらに、「朝5時にカーテンを開けるだけ」なら、もっと下がる。

僕が伴走してきた人たちは、みんな最初は「これだけでいいの?」と笑うくらい、小さなことから始めました。手帳の余白に1行書くだけ。1分だけ本を開くだけ。寝る前に深呼吸を3回だけ。

ところが、これが3週間続くと、「机に座る」が「ペンを持つ」になり、「ペンを持つ」が「1行書く」になり、いつのまにか1時間の勉強に育っていく。脳が新しい「いつも通り」を準備してくれた結果です。

これは、不登校のお子さんがいるご家族にも、まったく同じことが言えます。「学校に行く」をいきなり目指すのではなく、「朝起きたら水を1杯飲む」「カーテンを開ける」「3秒だけ空を見る」――そんな小さな入り口を、毎日くり返してみる。やがてその1mmが、別の1mmを呼んでくれます。

今日からの1mm

今日、お子さんと一緒に、あるいはご自身ひとりで、「朝の30秒だけ変える」を試してみませんか。

たとえば、こんなことです。


・目が覚めたら、まずカーテンを開ける
・そのまま、コップ1杯の水を飲む
・鏡の前で、一度だけ、にっこり笑ってみる

3つもやらなくていいのです。どれかひとつで充分。むしろひとつだけのほうが、脳は受け入れやすい。「これでいいの?」と思うくらいで、ちょうどいい。

伴走者からの一言

「いつも通り」を好む脳は、悪者ではありません。むしろ、それが私たちの命を守ってきた仕組みです。

ですから、いま「行けない」が「いつも通り」になっているお子さんがいたとしても、それは脳が一生懸命、いまの環境に適応してくれている結果なのです。責める必要は、まったくありません。

そして、新しい「いつも通り」もまた、ほんの小さな1mmから、必ず育てていけます。焦らず、ゆっくり、一緒に。

次回は、夏休みの今だからこそ始められる「1mmの再起動」について書きます。

(つづく)

不登校から高校進学準備ができるフリースクール

寄稿者

二川 佳祐

2009年、東京学芸大学卒業(A類社会科専攻)。同年から2026年まで17年間、東京都公立小学校で教員として勤務(主任教諭)。教員をしながら、2017年12月、学びのコミュニティ「BeYond Labo」を立ち上げ、マイチャレンジサロンを継続して運営。Voicyにて毎朝配信を継続中。ICT・AI活用、習慣化に関する著書多数。2026年3月に退職し、同年5月、株式会社E³ Habit を設立。全国の先生を「縁」でつなぎ、学びを楽しむ大人を増やすことをライフワークとしている。Voicy「学び応援し続ける ふたかわさんの習慣伴走ラジオ」を毎朝配信中。

目次