「習慣でひらく扉――不登校の季節を歩く家族へ」5

9月、最初の月曜日の朝のことを思い出します。
教員時代、僕は毎年、その朝が来るたびに、ある種の祈るような気持ちで教室に立っていました。誰が来て、誰が来ないか。誰の顔が、夏の前と少し違っているか。教室の空気は、9月の最初の1週間で大きく変わります。
そしてそのころ、たくさんのご家庭で交わされているのが、「行ける?」「行けないかもしれない」「無理しなくていいよ、でも……」という、朝の会話です。
今回は、その朝の声かけを、毎日アドリブで考え続けるのをやめて、家族で「設計」してしまうお話です。使うのは、「if-thenプランニング」という、習慣化の世界では黄金法則と呼ばれているシンプルな技です。

朝の声かけが、いちばん消耗する
不登校のお子さんがいるご家庭で、最も体力と気力を消耗するのは、たぶん朝の30分です。
布団から出てくるか、出てこないか。出てきたとして、制服を着るか、着ないか。着たとして、玄関まで行くか、行かないか。一つひとつの分岐で、お父さん・お母さんは「どう言おうか」「どう動こうか」を、毎回考えていると思います。
毎日違う言葉を、毎日その場で考える――この消耗を減らすために、僕が提案したいのが、「先に決めておく」という方法です。
if-thenプランニング、という考え方
if-thenプランニングというのは、心理学者ピーター・ゴルウィッツァーの研究で広く知られるようになった、習慣化の方法の中でも、もっとも効果が確かめられているもののひとつです。
仕組みは、驚くほど単純です。
「〇〇が起きたら、△△する」
これを、事前に決めておく。それだけです。
たとえば、「もしお昼にお腹がすいたら、おにぎりを食べる」と決めておくと、コンビニで何を食べようか迷う回数が減ります。「もし夜23時を過ぎたら、スマホを枕元から離して充電する」と決めておくと、夜更かしが減ります。
研究では、目標を「いつ・どこで・どうやって」まで決めた人は、ぼんやり「がんばろう」と思っている人と比べて、行動の達成率が2〜3倍になることが分かっています。
なぜ効くかというと、脳は「決断」がいちばん疲れるからです。脳は、何かを「決める」たびにエネルギーを使います。逆に、すでに決まっていることは、考えずに自動で動ける。それこそが習慣化の最大の効能です。
朝の声かけも、まったく同じです。毎朝ゼロから決めるから、疲れる。先に決めておけば、消耗はぐっと減ります。

朝の声かけ、こう設計してみる
ここからは、実際の使い方の例です。あなたのご家庭の言葉に置き換えて、読んでみてください。
例1:起きてこないとき
if:朝7時半になっても本人が起きてこなかったら、
then:私はまずカーテンだけ開けて、「おはよう。今日はいい天気だよ」とだけ言って、自分の朝ごはんを食べはじめる。
ポイントは、「行けるか・行けないか」を朝の早い時点で問わないこと。自分の動きを先に決めておくことで、「どうしよう」と考える時間が消えます。
例2:制服を着ない、リビングに来ない
if:本人がリビングに来ても制服を着ていなかったら、
then:「ご飯あるよ」とだけ言って、テーブルにいつもと同じ場所をセットしておく。それ以上、行く・行かないには触れない。
「触れない」を先に決めておくと、つい口から出てしまう「学校どうするの?」が減ります。
例3:「今日は行けない」と本人が言ったとき
if:本人が「今日は行けない」と言ったら、
then:私はうなずいて、「わかった、教えてくれてありがとう」とだけ返す。学校への連絡は、私が静かに済ませる。
「ありがとう」を入れておくのが、いちばんのコツです。本人は、行けないと伝えるのに、ものすごく勇気を使っています。その勇気には、まず感謝で返す。
例4:本人が「行ってみる」と言ったとき
if:本人が「行ってみる」と言ったら、
then:「いいね」とだけ返して、それ以上の期待や約束をのせない。送り出すときも、いつもと同じ温度で。 「がんばってね」「無理しないでね」も、つい言いたくなりますが、これは本人にとって、見えないプレッシャーになることがあります。「いつも通り」で送り出すのが、いちばん安心です。
今日からの1mm
今夜、寝る前に、ご家族で(あるいはご自身ひとりで)「1つだけ」if-thenを書き出してみてください。
紙に書いてもいいし、スマホのメモでもいい。書いたら、冷蔵庫の見えるところや、スマホのロック画面など、毎朝必ず目に入る場所に置いておくのがおすすめです。
「〜だったら、私は〜する」
1個でいいんです。「明日の朝、起きてこなかったら、私は〜する」と決めるだけで、明日のあなたは、今朝のあなたよりも、少しだけ穏やかでいられます。
明日試してみて、合わなかったら、書き換えればいい。1週間続けてみて、「これはちょっと違うな」と思ったら、家族で話し合って、また書き換えればいい。声かけの「設計図」は、家族でアップデートしていけるものだからです。
習慣化の話でもよく言いますが、洋服の試着のようにあれもこれも試してみましょう。その子、そのお父さんお母さん、関係性、季節や気候、タイミング、状況によって答えは無数にあります。色々と試していく中で、自分に、自分たちに合うものを長い目で見つけていく。そんな付き合い方がいいと思います。
伴走者からの一言
if-thenの本当の効果は、お子さんが行けるようになることではありません。お父さん・お母さんが、朝に「迷わなくなる」ことです。
迷いが減ると、声が穏やかになります。穏やかな声で迎えられる朝は、行けない日も、行ける日も、家族にとって少しだけやさしい朝になります。やさしい朝が30回続くと、お子さんの中の何かが、ゆっくり緩んでいきます。
声かけは、子どもを動かす道具ではなく、家族の温度をつくる空気のようなものです。9月の朝、その空気を1mmだけ、整えてみてください。
次回は、その朝の終わりに、家族みんなで「できなかった日」に×をつけない、というお話をします。
(つづく)

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